原子核物理学的考察
水素の同位体で質量数が7のものが存在しうる状態がαH7である。
αH7元素は陽子1個と中性子6個から成る原子核を持つ。化学的には質量数1の水素と同じ性質を持ち、簡易的なスペクトル分析では普通の水素と見分けがつかない。しかし赤色のHα線が7つに分離していること、青色のHβ、Hγ線、Hδ線の強度が相対的に高いことなどから識別できる。
自然界には質量数1の水素と、質量数2の重水素、質量数3の三重水素が存在する。原子核反応により人工的に質量数4以上の水素同位体が作られることがあるが、放射性で寿命は極めて短い。
ではなぜαH7が存在できるのか。それは、αH7の周囲の空間では物理法則が通常の宇宙とは異なり、核力が弱いからである。
中性子は、原子核の中で核子同士をつなぎとめる役割を果たしている。例えばリチウム原子核は3個の陽子と4個の中性子を持つが、陽子の正電荷同士が互いに電気的な反発力でバラバラになろうとしている。しかし陽子や中性子の間には、電気力をしのぐだけの核力が働いているので、バラバラにはならない。陽子の数が増えて正電荷が大きくなるほど、多くの中性子を取り込んでより強力な核力によって原子核を維持している。αH7の周囲では核力が弱いので、どの元素も多くの中性子を持っていないと、安定して存在できないのだ。
狭義のαH7は質量数7の水素同位体だが、αH7の本質は、そのような水素同位体の存在を可能にさせている物理法則にある。我々の宇宙では、核力の原因となっている強い相互作用の結合定数の大きさは、素粒子の種類にもよるがg2/2hc=0.1〜10である。しかし、ベビーユニバース説における平行宇宙には、結合定数がこれよりかなり小さいものがある。そのような平行宇宙が我々の宇宙に顔を出し、特殊な物理法則が染み出してきている状態がαH7の正体だと言える。
これと同じように、核力の異なる平行宇宙との元素のやり取りを題材としたSF作品に、アイザック・アシモフの『神々自身』がある。タングステンが入っているはずの試薬ビンに、我々の宇宙には存在しないはずのプルトニウム186が入っていたことから物語は始まる。平行宇宙ではタングステン186が、我々の宇宙ではプルトニウム186が無公害でコストゼロのエネルギー源となった。だが、この取引きには恐るべき罠が隠されていたというふうに展開していくのである。
我々の宇宙でほんの少し核力が弱くなるだけで様々な影響がある。惑星を形作っている岩石の中には、核分裂を起こしてエネルギーを放出しているウランなどの重元素が含まれており、その核分裂のエネルギーによって地熱を生じている。核力が弱まると、原子核の中の核子の結合が切れやすくなり、核分裂が促進される。αH7の影響を受けたミクロアースでは、惑星内部で放射性元素の核分裂によって膨大なエネルギーが生じ、地震や火山の噴火が頻発した。核分裂が連鎖的に起こるに至って、遂にミクロアースは大爆発を起こしたと考えられる。
核分裂とは逆の現象が核融合である。太陽の内部では、水素やヘリウムなどの軽元素の原子核同士が、高温と高圧により合体して重い元素に変化している。このときに生ずるエネルギーによって恒星は光り輝いている。ミクロアースの爆発に先立ってミクロアースの太陽であるミクロソルは突然暗く冷たく輝くようになったが、これはミクロソルがαH7にすっぽりと包まれ、核融合が起こりにくくなったことが原因と考えられる。アーデン星を照らすアルデバランも、αH7によって核融合が鈍り、寒冷化を招いたようだ。 |
αH7元素
αH7の輝線スペクトル
水素のスペクトルに似ているが、Hα
線を拡大すると7本に分離している。
『神々自身』
アイザック・アシモフ著 ハヤカワ文庫SF
ISBN4-15-010665-7 |